HAPPY X’MAS
「雪…?」 ふと目の前に白いものが見え、あかねは空を見上げた。 しんと静まった夜闇の空からは、その静けさを壊さないように静かに白い雪が舞い落ちる。 「ホワイトクリスマスですね」 にっこりと、あかねが笑顔を向けたその相手― 「ほわいと…くりすます…?」 柔らかい赤の髪に目の下の泣きぼくろが映える、整った顔立ちの男―多季史は、 聞きなれない言葉なのか、首をかしげ、笑顔を向けてくるあかねを見やる。 京の生まれの季史には馴染みのない言葉なのも無理はない。 彼がいた世界は、何百年も昔の…異世界の京、なのだから。 「クリスマスの日に雪が降ることを、私たちの世界ではホワイトクリスマスって言うんですよ」 不思議そうな表情をしている季史に、あかねが説明する。 「そうか…」 納得したのかしないのか季史は、あかねの説明を聞くと同じように空を見上げた。 クリスマスの夜に降る雪― クリスマスのイルミネーションに彩られた街に降るその雪は、幻想的ですらある。 しばらく空を見上げていたあかねだったが… 「くしゅん…」 さすがに冷えたのか、小さくくしゃみをしてしまった。 「あかね…寒いのか?」 くしゃみをしたあかねを見て、季史がそっと彼女の手を握った。 「季史さん…!?」 急なことに驚いたあかねが顔を赤くして季史を見る。 「…?顔が赤い…熱もあるのだろうか…」 そう言って季史があかねの額に自分の額を合わせる。 「…?熱くはないようだが…」 首をかしげる季史に反して、あかねの顔はますます赤に染まっていく。 「っ…」 どう反応していいか困っているあかねに季史は更に首を傾げる。 「熱の測り方が違うのだろうか…確かにこうだと教わったのだが…」 熱はないが、顔が赤いあかねを季史が心配そうに見る。 「って、ちょっと待って下さい!教わったって誰に…」 季史の言葉になんとなく嫌な予感を覚えたあかねが思わず聞き返すと… 「…?この間、天真に…そう、教わった」 (…っ!?天真君!!) 現況が同級生でもあり、一緒に異世界の京へ飛ばされた経験もある親しい間柄の天真だと知ったあかねは、 何を吹き込んだのかと、心の中で叫び声を上げた。 それでなくても、直球で言葉を口にする季史の言動に、あかねはいつも振り回されてしまうのだ。 彼のそんな言葉を聞くのが嫌なわけではない。 いや、むしろ嬉しいとさえ思う。 けれど― (季史さん…物言いが凄く素直だからな…たまに凄く恥ずかしくなっちゃって…) 真っ直ぐに言葉を向けてくる季史は本当心臓に悪い、と思うあかねなのだった。 「よ!こんなところで何やってんだ?お前ら」 そんな時、明るい声が響いた。 聞き覚えのあるこの声は― 「天真君!?」 そこには今、まさに話題に上っていた人物が立っていて、あかねは思わず天真に突進していった。 「ちょっと天真君!!季史さんに何吹き込んでくれてるのよ!!」 天真に詰め寄り、季史には聞こえないように叫ぶあかねに、天真が目を瞬かせる。 急なことに驚いたのだろう。 「何怒ってんだ?お前…」 「季史さんに間違った熱の測り方教えたでしょ?」 「ん?ああ、なんだそんなことか」 「そんなことって…!」 全く意に返した様子もなく、あっさりと言い放つ天真をあかねが軽く睨む。 「お前が凄んでも怖くなんてないぞ」 そんなあかねを面白そうに見ながら、天真が笑う。 「…もういい。それより天真君はどうしてここに…あ、蘭」 口で何を言っても負けると早々に理解したあかねがため息をついて、天真がここにいる理由を尋ねようとした時、 天真の横でこちらも楽しそうに笑っている、天真の妹でもある蘭の姿が目に入った。 「まあ、こいつに付き合わされたってところだな。クリスマスに一緒に過ごす彼氏もいねーみたいだしな」 「それはお兄ちゃんもでしょ?」 天真の言葉に蘭がむっとした口調で言い返す。 「うるせ。ほっとけ」 蘭に言い返された天真はぷいと横を向いた。 「それより季史、こんな街中に2人で突っ立って何やってたんだよ」 何やら隣であかねと蘭が楽しそうにおしゃべりを始めたのを見て、 天真が成り行きを見守っていた季史へと、視線を向けた。 「雪が降ってきたので眺めていた」 天真の質問に、季史は素直に答える。 「ああ、そういや降りだしたような。道理で寒いわけだ」 天真も空を見上げる。 クリスマスに雪が降るとロマンチックだと言う奴の気が知れないと一人ごちる。 「やはり、あかねに熱があるのは雪のせいなのだろうか…」 天真の言葉を聞き、季史が心配そうに蘭と楽しげに話しているあかねを見る。 「は?あいつが熱?」 どこが、と元気そうなあかねを見る。 「先ほどくしゃみをしたので、手を握ったら、あかねの顔が赤くなった。それで熱があるのかと思ったのだが…」 天真に教わった方法で熱を測ってみたものの、熱はなく、けれどあかねの顔が更に赤くなった、 と続ける季史に天真が呆れた表情をする。 「そりゃお前…」 あかねの顔が赤くなった理由に思い至っていない季史にため息をつく。 (だから、あいつ急に凄んできたのか…) 会ってすぐに詰め寄ってきたあかねの様子を思い出して天真が苦笑する。 「お前、言葉は素直なくせに鈍感なのな」 季史を見て、天真がどこか楽しそうに笑う。 「鈍感…?」 言われた意味が分からず季史が首を傾げる。 「あー…まあ、あかねの顔が赤くなったのは熱があるからじゃねーから安心しろ」 説明するのも面倒になった天真が軽く頭を掻いてそれだけ伝える。 「そう…なのか?」 「そうそう。どうせ照れただけだって。んで、これからお前らはどこに行くんだ?」 「…特に決まってない」 「あ?適当に歩いていただけってか?」 「そうなる。しょっぴんぐ、というのも終わったところだ」 「ああ、買い物な。んじゃ、折角だし俺たちと一緒に回るか?あいつら、話盛り上がってるみたいだし」 未だに話をしているあかねと蘭を見て、天真がため息をつく。 「あかねが楽しいのならなんでも構わない」 「あーはいはい。そうですか。ったく、相変わらずラブラブだなお前ら」 「らぶらぶ…?それは何だ?」 「…あ、いや…なんでもねー」 こっちの言葉の大半…主にカタカナの言葉が通じないことを思い出した天真は、 余計なことを言ったなとため息をつく。 「それより、クリスマスプレゼントは何か買ったのか?」 「くりすます…ぷれぜんと…確か、贈り物…だったな。買った」 「へー。ま、とりあえず、今はあいつらをとっとと連れてどこか入ろうぜ。外にいたんじゃ本気で風邪ひく」 そう言うと、天真はあかねと蘭に近づいていき、これからの流れを簡単に説明した。 ― 「今日は楽しかったですね」 天真たちと分かれ、あかねは季史と一緒に帰路についていた。 「賑やかなのも楽しい」 あかねの言葉に、季史も笑った。 周りに笑い声が溢れている、それを楽しいと思ったのは初めてだった。 「あかね、寒くはないか?」 吐く息が白い為、あかねを気づかって季史が声をかける。 「寒くないですよ。季史さんの手、暖かいですから」 そう言って、繋がれている手をぎゅっと握り返す。 「そうか…」 あかねの家が近づいてきた頃、季史が足を止めた。 繋がれている手とは反対の手をあかねに差し出す。 「これは…?」 目の前に差し出された小さな箱をあかねが首をかしげて見る。 「クリスマスプレゼント…こちらの世界では、クリスマスに贈り物をするのだろう?」 季史の言葉にあかねが驚いたように目を瞬かせる。 「知ってたんですか?」 「前に天真に聞いた」 「ありがとうございます」 季史が手渡してくれた箱を、あかねは大切そうに受け取った。 「開けてみてもいいですか?」 「構わない」 季史の言葉にあかねが、箱を開けていく。 「わ…可愛い」 中からは、ハートにピンクの小さな宝石がついているペンダントトップに、銀色の鎖のネックレスだった。 「ありがとうございます!大切にしますね」 あかねが笑顔でお礼を言うと、季史も笑顔を返す。 「じゃあ、これは私から季史さんへのプレゼントです」 そう言って、あかねも小さな箱を季史へと渡す。 開けてみてください、というあかねの声に季史が箱を開ける。 中からはシックな腕時計が顔を出した。 「これは…」 「時計です。季史さんの時間がこれからも動いていきますように願いを込めて」 あかねの言葉に、季史が微笑む。 「ありがとう…大切にする」 そう言うと、季史はあかねの唇にそっと自分の唇を重ね合わせた。 京で止まってしまった時間を動かしたのは― そして動き出したこの…同じ時間を共有しているのもまた― 自分が見つけた大切な少女― 彼女とこれからも― 静かな時間にしんしんと降り続ける微かな雪は、2人を祝福しているようでもあった― END…