奇跡 「季史さん!」 人込みを掻き分けて息を切らしながら走ってきた少女を見ると、赤い髪の青年は軽く微笑 んだ 「ごめんなさい!家出てくる時にちょっと色々あって…」 必死で謝る少女を見て青年は柔らかい笑みを向けた 「構わない。私も今来た所だ」 少女はその言葉を聞き安心したようにほっと溜息を漏らした 「それに、約束の時間はまだ過ぎていない」 青年は駅の前にある一際大きな時計塔を示した 時計の針は10時になろうかならないかという所 今日の待ち合わせ時刻は10時丁度 まだ時間にはなっていないかった 「今日はどこへ連れていってくれるのだ?あかね」 息を整え笑顔を向けてくる少女に青年は微笑みかけた 少女の名前は元宮あかね 少し前まで京という異世界に飛ばされ、その京を守る龍神の神子として京を守った奇跡の 少女 そして赤い、少し眺めの髪の整った顔立ちの青年は多季史 あかねが神子として京にいた時に知り合った青年 神子という重圧…責任…何も出来ず守られてばかりの自分に迷っていた時に出会い、支え てくれた、あかねにとって特別で…そして大切な人 京にいるときの出来事により一度は失ってしまった… けれど、総てを終え自分のいる世界へ帰ってきた時、転生し奇跡とも言える再会を果たす 事が出来た そして今日は再会してから何度目かのデートの日だ 生活するには困らない知識を持って転生したとはいえ、現代に不慣れな部分もある それに慣れる為に休日は2人で様々な所に出かけている と何を言ったとしても結局デートなのに変わりはないが あかねは季史に微笑むと 「今日は水族館に行こうかなって思ってるんです」 と明るく元気に答えた 「すいぞくかん…?」 あかねの言葉に季史は不思議そうな表情をした 「えーとですね、お魚とかがたくさん泳いでいて、イルカのショーとかあるんですよ。こ の間テレビで見たイルカのショーが凄く見たくなって、季史さんと一緒に行きたいなって 思ったんです」 楽しそうに話すあかねに季史も自然と笑顔になる 「そうか」 「はい!」 「凄いな。水の中を歩いているみたいだ」 水族館の中に入ると季史は周りを見ながら驚きの声を挙げた 一面ガラス張りでその総てに魚達が泳いでいる 「この水族館、ここら辺で一番大きな場所らしんです。ここまで凄い施設はそうないって 詩紋くんも言ってました」 「詩紋…?八葉の1人か」 季史の言葉にあかねは軽く笑った 「もう八葉じゃないですよ。私も神子じゃありませんから。天真くんと詩紋くんは元々私 と同じこっちの世界の人間ですから」 「そう、だったな…」 それだけ答えると季史は再び魚たちへと視線を向けた (気のせい…かな…季史さんの表情、一瞬悲しそうに見えた…) 季史の見せた表情に引っかかりを覚えたあかねは軽く首をかしげた 「あかね、次はどこへ行けばいいんだ?」 「え?あ、次はこっちです」 季史に聞こうかとも思ったが振り向いた表情はいつもの季史に戻っていて… 気のせいかと思い水族館デートの続きを始めた 「イルカ、可愛かったですねvv」 あかねと季史は館内を一通り見て回り、今回の最大の目的でもあるイルカのショーを見終 えると、館内にある喫茶店でお茶をしながらショーの話をしていた 「本当に、イルカが好きなのだな」 季史は楽しそうに表情を変えながら話すあかねを見て優しく微笑んだ 「はい!だって凄く可愛いんですもん。あのトレーナーさんに擦り寄る所とか、皆で水か ら顔を出して踊っているところとか!本当に可愛いですよね」 そう笑顔を向けてくるあかねに季史は微笑んだ 「私は、あかねの方が可愛いと思う」 「な、何言ってるんですかいきなり…っ…」 さらりと告げられた言葉にあかねは一気に頬を紅潮させてうつむいた 「あかね?どうしたのだ?何か言ってはいけないことを言っただろうか…」 自分の言った言葉がどれ程のものか気付かず本気で心配してくる季史にあかねはどうしていいか分からず観念すると 「いいです…季史さんには敵いませんから…」 顔を上げると少し拗ねた表情で答えた 「…?」 言われている意味が分からないのか季史は不思議そうな表情をしている (…季史さんって時々恥ずかしいことさらっと言っちゃうんだから…こっちの心臓がもた ない…) そんなことを考えているとふと目の前にイルカが現れた 「え?」 いや、正確にはイルカのマスコットだ 顔を上げると季史がそれを持ってあかねの前に差し出していた 「あ、あの…」 「これをそなたに」 そう言うと季史はあかねの手にイルカのマスコットを置いた 「季史さん?」 「ここに入るとき入り口で見つけた。あかねがイルカを気に入っていたので買ってみた。 迷惑だったか?」 「そんな、迷惑だなんて!」 季史の言葉にあかねは思い切り首を横に振った 「凄く嬉しいです!ありがとうございます!」 イルカのマスコットを大切に手の中に収めるとあかねは季史に笑顔を向けた 「機嫌、直ったみたいだな」 あかねの笑顔を見ると季史は安堵の笑みを漏らした 「え?」 「先ほどから、あかねが変だったから…」 「変…?あ!違うんです!!あれは怒っていたとかそういうことではなくて…その…季史 さんが…」 季史の言葉にあかねは思い切りフォローを入れようとしたがそこまで言って言葉が止まっ てしまった 「私が?」 「季史さんが…(何て言えばいいんだろ…季史さんの言った言葉が嬉しくて恥ずかしくて 何も言えませんでしたっていうのも何か変だし…)」 「あかね?」 返答に困っていると季史が顔を覗きこんできた 心配しての行動だろう 「っ!?な、何でもないです!」 けれどいきなり季史の顔がアップで現れたことによりあかねは思考が一瞬止まってしまい 思いの外大きな声で反応してしまった 「あかね?」 「あ、すいません…あの、お土産屋寄って行きませんか?天真くんと詩紋くんと蘭にお土 産買いたいですし…」 慌てて平常心を取り戻すと軽く顔を上げて季史を見る (え?) 季史はまた寂しそうな表情をしていた 「そうだな。出口に色々置いてあったからきっとそこだろう」 けれどそれはすぐに元に戻ると立ち上がった 「あ、はい…(私、何か悪いこと言ったのかな…)」 先に歩く季史のあとをついていきながらあかねはそんなことを考えていた 「今日は楽しかったですね」 外は日が沈み、もう暗くなっていた 「ああ」 「お土産選び、付き合ってくれてありがとうございました」 手に持っている袋を軽く掲げて笑顔でお礼を言うあかねに季史も微笑んだ 「気に入るものがあって良かったな」 「はい!今度はみんなでお出かけとかもいいですよね」 あかねが楽しそうだなと話す が、季史からは返事が返ってこなかった 「…」 後ろを向くと季史が立ち止まっていた 「あの、季史さん?どうかしたんですか?」 それを見てあかねが心配そうに季史の顔を覗きこむ 「っ…(まただ…今日何度か見た…寂しそうな表情…どうして…)季史さ…!?」 声をかけようとした瞬間その声は途切れ変わりに暖かいものが唇に触れる それが季史の唇だと気付くのにそう時間はかからなかった 季史はゆっくりと唇を離すと真剣な瞳であかねの瞳を見た 「あの…」 「あかね…そなたは私と一緒にいて楽しいか?」 「季史さん…?」 「…ずっと一緒にいた八葉と一緒にいる方がいいか…?」 「何を…」 絡み合う瞳 ほんの数秒のはずが長い時間に感じた… やがて季史が静かにあかねから視線を外した 「…そなたの周りには人が集まる…いつも…光で満ち溢れていた…」 「季史さん?」 「…光の中にいるそなたと…闇の中にいた私…決して手に入らないと思っていた… それが今はそなたが傍にいる。それが凄く嬉しい…けれど…時々不安になる時がある…そ なたは私と一緒でいいのか?共に戦った八葉と一緒の方が幸せではないのかと…」 そう言った季史の表情はとても寂しそうだった 今日何度か見た… (あ…だから皆の話をした時にあんな表情を…) 季史が寂しそうな表情をする時、それは天真や詩紋…蘭…京での仲間の話をしていた時… 寂しかったのだ… 自分が取り残さたような感覚を覚えたのだろう 八葉と神子の絆…それはとても強く固い… 「…すまない…今のは忘れてくれ」 季史は軽くうつむくとそう言って再び歩き出した 「っ…季史さん!」 歩き出した季史にあかねは抱きついた 「あかね?」 「私は季史さんと一緒にいられることがとても幸せです。京で…あなたと離れてしまった 時…本当に辛くて…悲しくて…けれどあなたが教えてくれた力はとても大きな暖かいもの で…あなたがいたから私はあの京でも頑張れたんです…あなたがいなくなった後も忘れた ことなんかなかった…そして現代に帰ってきて季史さん…あなたと再会した時、本当に嬉 しかった…言葉では言えないくらい嬉しくて…だからそんなこと言わないで下さい…私は あなたと一緒にいられることがとても嬉しい…」 「あかね…本当に…私はそなたが泣いている所をよく見るな…」 季史は後ろから抱き付いてきたあかねを自分の腕の中に抱え込むと優しく抱きしめた 「ありがとう…」 「送ってくれてありがとうございました。おやすみなさい。季史さん」 家まで送ってもらい季史へと笑顔を向けるあかね 「あかね、今度は私が行く場所を決めていいだろうか?楽しい場所を選べるか自信はない が…」 季史の言葉にあかねは一瞬キョトンとして、すぐにクスクスと笑い出した 「季史さんと…好きな人と一緒なら、どこでも楽しいですよ?」 「そうか」 あかねの言葉に季史は微笑んだ 1度は失ってしまったもの… それを再び取り戻せることが出来たのなら その一瞬、一瞬を抱きしめて2人の時間を大切にしていこう… 辛く切ない別れの記憶より、楽しくて幸せな記憶が強く心に刻まれるように… 2人が再び出会えた奇跡に感謝と祝福を… END…