HAPPY SMILE 「はい。日野さん」 昼休みの屋上で、加地に突然花を渡され香穂子は一瞬戸惑う 急にどうしたのだろう? 「これ…私に?」 「そうだよ。日野さんに似合う花は何だろうって考えてやっと見つけたんだ」 加地は笑顔でそう言った 「今日ってコンサートか何かあったっけ?」 その行動を疑問に思ったのか、一緒にいた天羽が不思議そうな顔をする 「特に何もないよ?」 「じゃあどうして…」 「花をもらうのは嬉しいものだって話を休み時間にしていたからね。日野さんを喜ばせよ うと思って。本当はドライフラワーとかも考えたんだけど、やっぱり生花がいいかなって 思って。それに生花だったら枯れてしまっても、また日野さんにあげられるしね」 「あーはいはい…(相変わらずな熱意についていけない…)あ、私、用事あるから先戻る ねー」 加地の話を聞くと、天羽は逃げるように屋上を出て行ってしまった 「どうしたんだろ天羽さん。なんか様子変だったけど…」 天羽の心の呟きなど知らずに加地が首をかしげる 「日野さん、迷惑じゃなかった?」 そして香穂子へと視線を戻す 「そんなことないよ。凄く嬉しい。ありがとう加地君」 加地の言葉に香穂子は笑顔で返す 「ふふ、ありがとう。けれどやっぱり月森にもらったほうが嬉しかったかな?なんてね」 「な…」 加地の言葉に香穂子は真っ赤になってしまった 「な、何言ってるのよ、加地君!!」 「あれ?僕の勘違いかな?2人が付き合いだしたって話、有名なんだけど?」 香穂子の反応にクスクスと笑う 「そ、それとこれとは関係ないじゃない!もう…私も用事あるから先に戻るね。お花、本 当にありがとう、加地君」 そう言うと、香穂子は逃げるように屋上を後にする 後ろからは楽しそうな加地の笑い声が微かに聞こえていた 「予定より遅くなってしまった…」 月森蓮は、職員室での用事を済ませ、急いで正門へと向かっていた 日野香穂子と一緒に帰る約束している 用事もすぐに終わると思ったのだが、思った以上に長引き、先に帰ってしまっていないだ ろうかと不安に思う 「香穂子…悪い…遅くなった…話が長引いて…」 そこまでいうと、ふと月森は黙り込んだ 彼女の手の中にあるものを見つけたからだ 「…?どうしたの?月森君」 急に黙り込んだ月森を不思議に思った香穂子が首をかしげて訪ねる 「あ、いや…その…」 「月森君?」 「…香穂子、その花は?」 言われて香穂子は気付く 加地にもらった花を手に持っていたのだ この花がどうしたのだろう?と思いつつも、香穂子は正直に話す 「あ、これ?お昼休みに加地君にもらったんだ」 「加地に…?」 「うん。休み時間に、花をもらうのが嬉しいのかっていう話を友達としてて、そしたらお 昼休みにくれたの。ちょっとビックリしちゃったけど嬉しかったらいいかなって」 昼休みのことを思い出してか、香穂子は楽しそうに笑った なんだか面白くない… 月森は内心そんなことを思った 加地が彼女に好意を持っているのは知っている 彼女の音色に惹かれ、転入までしてきたのだ けれど香穂子の音色に惹かれる…という気持ちも分かる 技術もまだ発展途上だし、ずば抜けて上手いというわけではない けれども彼女の音色に惹かれる 優しく、甘い音色… どこか人を安心させる音をもつ そんな音色に自分も惹かれた 加地も悪いやつではない 話しやすいし、場の空気を読むのが上手で、人当たりもいい そして音楽科から一部では、まだ風当たりの強い彼女のフォローにも回ってくれる 彼女と同じ普通科でもあるし、ヴィオラという同じ弦楽器であり、ヴァイオリンの知識も あるので、香穂子も話やすいのだろう けれど、それでもやはり面白くないと思ってしまう 他の男のことで楽しそうに笑う彼女に対してそう思う 「…」 そこまで考え、溜息が出る それは自分のわがままではないのか…と 香穂子を独り占めしたいと思う自分がどこかにいる けれどそれは自分のわがままだ… 「月森君?疲れてる?」 黙ったままで、挙句ため息まで聞こえればそう思うのが自然かもしれない 香穂子が心配そうな瞳を向けている 「あ、いや…花を…」 「え?」 「…花をもらう、というのは嬉しいものなのだろうか…?」 「どうしたの?」 月森の思いがけない言葉に香穂子がきょとんとしている 「っ…何でもない。帰ろう」 月森は慌てて踵を返すと帰り道を歩き出す 何を言っているんだ俺は… 同じことをしても仕方がない… 少し歩き、立ち止まる 後ろから香穂子が追いかけてくる気配を感じる 振り向くと、やっと追いついた彼女が息を切らしていた 「もう、月森君歩くの早い!それに今日なんか変だし…」 月森の前までくると、香穂子が再び心配そうな顔をする 「香穂子…今度の週末は空いているだろうか」 「週末?空いてるよ?」 「それなら一緒に出かけないか?今度、前に行った水族館でイルカのショーが行われる という話を聞いた。前に行った時は見れなかったから…」 「本当?行く!」 月森の言葉に、香穂子は笑顔で頷く その表情が本当に嬉しそうで、月森もなんだか嬉しくなって微笑んだ 同じことをしなくてもいい 彼女を喜ばせられる方法を自分なりに見つけていきたい 誰かと同じではなく、自分で彼女を喜ばせたい そして、もっと彼女の笑顔を見たい… と月森は思った 大好きな彼女の笑顔を― END…