Jealousy

「アリオス!」
火の曜日、少女はいつものように笑顔でここ約束の地に走ってきた
いつものように変わらない笑顔
自分に会う為に火の曜日と木の曜日になると、必ず少女はここへ来る
育成の合間を縫ってまで…
いつもなら愛しいその天使を機嫌良く、軽く笑って迎えるところだ
けれど今日はその変わらない笑顔がムカつく…
「…」
「アリオス?どうしたの?」
アンジェリークは何も答えないアリオスを心配に思って顔を覗きこんだ
「アリオス?」
アリオスの金と緑の瞳がアンジェリークの不安気な双眸を捉える
「…昨日は随分と楽しかったみたいだな、アンジェ?」
「?」
不機嫌な声色を聞き、アンジェリークは不思議そうな表情を浮かべる
何を言われているか分からない…
けれど目の前の青年は不機嫌極まりないという表情で…
アンジェリークは何かしただろうかと思考を巡らせてみた
が、思い当たることは何もなかった
「アリオス…何か怒ってる…?」
いくら思考を巡らせても心当たりがないのでは仕方ない
直接聞いてみることにした
「…昨日…」
本気で何も分かっていない天使に更に苛立ちを覚えながらも低い声で呟く
「昨日?」
アリオスの言葉にアンジェリークは首をかしげる
「…昨日、お前はどこに行っていた?」
「え?どこにって…えっと…」
その言葉にアンジェリークは昨日へ意識を巻き戻してみる
「昨日は…確か…朝セイラン様が迎えにいらっしゃって…
雪祈祭のことを教えてもらったのよね。それで…
あ、セイラン様と一緒に雪祈祭に行ったわ。雪が降ってきてすごく綺麗だったわ」
昨日の景色を思い出しアンジェリークは感慨にふけっていた
それが更にアリオスの機嫌の悪さを煽るとも知らずに…
「けど、それがどうかしたの?」
セイランと雪祈祭に行ったことと
アリオスの機嫌が悪いこととがどう結びつくのか分からないアンジェリークは
更に首をかしげた
鈍感な少女に内心舌打ちをし、表情は変えぬまま言葉を続けた
「…それはさぞかし楽しかっただろうな…恋人宣言までしてくれてれば尚更か?」
その言葉を聞きさすがにアンジェリークにも意味が伝わったのだろう
表情が強張っていった
「あ、あれは違うのよ!街の人に恋人かと聞かれて、そしたらセイラン様が…
そうです…って…答えて…けど私はそう思ってるわけじゃなくて…その…」
「けれどお前も否定しなかったよな?それはどこかでそう思っているから、
ということになるんじゃないか?」
「そんなことないわ!!私はそんなこと…」
どう言い訳しても街の人の前で恋人宣言をしてしまったのも
否定出来なかったのも事実なのでアンジェリークは俯いた
「お前、守護聖や他のみんなに久しぶりに会えたと喜んでたよな?それは嬉しそうに。
いつ消えるか分からない俺よりそいつらの方が安心出来るだろうよ」
「そんなことない!!私はアリオスがいい!アリオスと一緒にいたい!!
折角…折角また会えたのにそんな悲しいこと言わないで!!」
一気に怒鳴る少女を見てアリオスは舌打ちする
アンジェリークの瞳には微かに涙が浮かんでいた
(…少し言い過ぎたか)
アンジェリークの悲しそうな表情を見てアリオスは大人気なかったかと多少反省した
何も好き好んで悲しい顔をさせたいわけじゃない…
あのセリフもセイランが勝手に言ったことだ
アンジェリークが肯定したわけでもない
それどころか断言したセイランを不思議そうに見上げていた

昨日、天使の広場にたまたま用があって赴いた
普段は好き好んで行く場所ではない
人が多い上にどこで守護聖やら協力者やら教官やらに会うか分からない
そんな危険を冒してまで行こうとは思わない
だが…必要に駆られて仕方ない時がある
それが昨日だった

適当に必要なものを買い、そろそろ帰ろうと思っていたところへ
2人が楽しそうに談話して歩いてきたのが見えた
反射的に隠れてしまい、けれどなんとなく気になったので後をついていった
そこで聞いてしまった
街の人に「恋人同士かい?」と聞かれ「ええ、そうですよ」と答えたセイランの言葉を
それを否定しなかったアンジェリークを…
否定する暇がなかったと今なら分かる
けれどその時は頭にきていてそれどころではなかった
明日会ったらどうお灸を据えてやろうかと考えていた


(…軽くいじめて反省させてやるだけのつもりだったんだがな…)
感情に駆られて余計なことまで言ってしまった
泣かせたかったわけじゃない…
罪悪感に駆られたアリオスはふいに少女の細い肩を引き寄せ腕の中に閉じ込めた
「や…!離して!!」
未だ怒りが収まらないらしいアンジェリークはアリオスの腕の中で暴れ出す
それを遮るようにアリオスは抱きしめる腕に力を込めた
「…悪かったよ。くだらない感情に左右されて余計なこと言ったな」
「本当に?私を信じてくれる…?」
アリオスの謝罪の言葉にアンジェリークは不安気に問う
「クッ…ああ。お前はこんなことで嘘を言えるような性格じゃないからな。
どこまでもバカ正直でお人好しだからな」
「バカとは失礼ね!」
不本意な言葉にアンジェリークは拗ねる
「褒めてるんだぜ?」
「どこがよ!」
フォローのつもりも更に機嫌を悪化させる原因だったらしい
「クッ…ったく。アンジェ、機嫌直せ」
天使の機嫌を直すためにアリオスは優しい声音で耳元で囁く
「っ…そんなんじゃ誤魔化されないんだから!アリオスなんか知らない」
その声に半ば許しそうになったが、なんとか意識を強く持つとぷいっとそっぽを向いた
「強情な奴だな…そんなこと言ってっと…」
強情なアンジェリークにアリオスは切り札とばかりにとあるセリフを囁く
「っ…そんなのズルイ!!」
そのセリフにアンジェリークは真っ赤になりアリオスの方を振り仰いだ
と、そこで面白そうに揺れる金と緑の双眸に出会う
それはアンジェリークの反応を楽しんでいるようで…
自分がアリオスの罠にまんまとはまったと知った時にはもう遅く
「やっとこっちを向いたな。」
苦笑気味にそう呟くとアリオスはアンジェリークに静かに唇を重ねる
触れるだけのキスを何度も繰り返し、それを深いものへと変えていく
「んっ…ふ…あ…アリオス…」
何度も繰り返されるキスからやっと解放されたアンジェリークは
潤んだ瞳でアリオスを見上げた
「俺を誘っているようにしか見えないんだけどな?アンジェ」
「な…そんなわけないじゃない!アリオスのバカ!」
アリオスの言葉を聞き顔を真っ赤にするとアンジェリークは再びそっぽを向いた
「クッ…冗談だ」
アリオスはもう1度アンジェリークを抱きしめた
愛しい天使を閉じ込めるように
「もう…大好きよ!アリオス」
笑顔でそう答えた天使にアリオスは再び愛しさが込み上げるのだった

お前以外何もいらない…

私だけを見つめていて…

END